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世界の片隅は、されど中心でもありて~おんな城主直虎41話~

おんな城主 直虎 完全版 第壱集 [Blu-ray]

先週、今週とバタバタした中で風邪をひいてしまい記事の更新が遅れました。
ちょっとでも体調を崩すとこうやって遅れがでるというのに、長丁場である大河に携わる製作陣の皆様には頭が下がる思いです。
なんにでもいえることですが、体力が一番大事なのだと身につまされます。
読んでくださる方も季節の変わり目なので寒くなってきますので、ご自愛ください。

 

 

さてお布団をかぶりながらの録虎でしたが、上昇志向の強い万千代にひやひや、どきどきさせられっぱなしでした。
彼は自身が小姓に上がるために「後任指導」という課題をクリアしなければなりません。
といっても、どちらが指導していたかというと・・・というもので。
後の井伊直政といえど、今はまだ若き万千代。いろんな人たちが後ろで見守りながら彼を支えている様子がまだまだかいまみえました。
そしてそんな「人」の中で組織の歯車の一つとして働くならば、「根回し」も必要となってくる。
そこでは、その「人」達の間を行き交う「情報」を掴む事も重要です。
果たして今回、万千代は「人」を使い「情報」を掴み「チャンス」を手に入れる事ができたのでしょうか?

<戦は、始まる前こそ勝負なり>
草履番の新人としてやってきたのは、「ノブ」という男。万千代の言葉を借りれば「のろいし、覇気がない」年長者。
初めのうちはノブに対していら立つ万千代でしたが、彼は勤めをおえて玄関に出てくる人間を予測し、先に草履を並べます。
しかもそれが当たっている。彼は最初からさっさと物事こなすタイプではなく、無秩序に見える中に、ある種の秩序というかルール性を探し当てるタイプ。
洞察力にすぐれ、俯瞰的に物事を見るタイプなのでしょう。
だからこそ、そのルールにあてはめ、誰が誰と玄関にでてくるのか当てる事ができ

る。

そして、それはルール外の事態がおこったことも、すぐに察知出来る事を意味しています。

 

ノブは大久保という武士は二人でいつもは出てくるので、草履は二足分用意しました。
だけど出てきたのは、武士一人。
そこから何か上の方で動きがあったと見たノブは、上手く話しを聞き出します。
そして戦が近く徳川側が木材が必要であるという情報を聞き出すことに成功しました。

 

ここのシーンを見てて思ったのですが

「草履番」という仕事は「情報」を手に入れるためにかなり重要な場所だといえるのではないでしょうか。
万千代は「掃き溜め」といってましたが、そうじゃない。
今でいう、会社の受付のようなもので、「玄関」は誰もが通る。そしてそこに人が流れるゆえに、情報も流れる。片隅かもしれないけど、そこに流れる情報は重要。
世間話のような軽いと見える情報の中にも大切な何かが隠されています。
それに気づけるかどうか、そしてそこからチャンスを作り出すことができるのかの重要性が描かれているような気がします。

 

それにしても、この万千代達をこの「草履番」という職につけさせたといってもいい「ノブ」という男。
万千代達に悟られずして、彼らをアシストして導いています。
三河一向一揆をした彼もまた、徳川ではマイナスのスタートだと言えます。

なぜ、家康はそんな裏切りを働いた男を再雇用したのか?
それは前回でも書いた徳川家の組織改革の一部でもあるのではないでしょうか。
新たな風を組織に吹き込むために、ノブのような男でも有能であれば登用し、やる気と結果を残せば万千代のようにチャンスを掴めるかもしれない、
そのローモデルとして家康は二人に期待をかけているのかもしれません。
二人とも立場は違えど「徳川」のはずれもの同士。ゆえにこの「ノブ」は万千代に期待をかけているのかと思います。
万千代が出世を駆け上がる手助けは、ひいては自分の利、徳川の利になるともいえるのなので。

<武は力なり。が、力は武のみにあらず>
一方の直虎サイドも色々と動きがありました。
六左衛門が近藤家に仕官することになりましたが、なかなかその近藤とそりが合いません。
近藤はまさに「武」の人でありそこから、はずれて見える六左衛門にいらいらさせられっぱなし。
戦場では、ちょっとした事が生死の分かれ目になるので、のんびりした歩き方や、少しでも他の人の邪魔になるような行動が気になってしょうがない。
彼は戦で怪我をおって歩けなるかもしれないところまで追い込まれたので、けして意地悪で六左衛門にいっているわけではないのでしょう。
(まぁ、八つ当たり気味で、指導の仕方に難がないとはいえませんが)

だけど材木を扱う仕事となると、六左衛門の人の好さや潤滑油になれるその才が一気に開花します。
戦とは、戦場で武勇に優れる者だけではなく、そこに至るまでの「戦」の準備をする人達の上になりたっているのではないでしょうか。

 

一見いい話に見えますがここには、「戦」と「平時の内政」の両方を描いてきたこの大河ならではの味わいがあるような気がします。
この二つの境目はあいまいであり、強く接続されているものでした。
もともと「木材」は井伊家の内政のお話でありました。それが「戦」へと繋がっていく。

戦のために始めたわけではない木材の仕事が、今まさにその戦のために必要とされる。
つまり戦というものは「戦場」で勝手におこるものではなく、それは日常の延長上にあり「生きるがゆえ」におきるものです。
その是非はここではおいとくとして、その「戦」で優位に立ちたいなら、日ごろから様々な者達の能力を引き出し、使いこなす能力と、そのための根回しと情報収集が
どれほど大切なのかという事が問われています。
今でも、外交は平時の戦争だといえる部分があるので。
ゆえに、そこがまだまだ甘く自力だけでのし上がろとする万千代は、直虎達を含め大人たちにしてやられます。
だからこそ、「玄関」はある意味では万千代にとって大人の入り口でもあったのではないでしょうか。
彼は自分をついてないし大人が自分をいじめているような事をいってましたが、小姓からでは見えなかった世界がそこから見えたといっても過言ではないでしょう。

<最後に>
万千代は大人たちが見守っていてくれますが、直虎や政次達の時はそんな人達がいなかったなぁと改めて人材不足が身にしみます。
(南渓さんはおいといて。彼は、うん。)
だからこそ、直虎達がベンチャー企業のごとく若さで推し進められた利点がありましたが、失ったものも多くありました。
失ってにしては痛すぎる授業料でありましたが「木材」の事件がこうやって、後進である万千代達の道へと続いていく。
あの時行わなかった根回しを直虎が今することによって。
間違えた選択もあったけど、直虎が未来に、それでも人生に悔いはないとおもえますように。

それにしても俯瞰的に見れば、可愛くもある万千代ですが同僚だと結構やっかいそうではあるなぁと思います。