シェヘラザードの本棚

物語同士のコネクションを探して

性と彼女らと制服と~荒ぶる季節の乙女どもよ~

荒ぶる季節の乙女どもよ。(2) (週刊少年マガジンコミックス)

あなたの“はじめて”を、わたしにください──。
和紗たちは文芸部に所属する女子5人。部が「死ぬ前にしたいこと」という話題で沸いたある日、部員の一人が投じた「セックス」の一言……。その瞬間から、彼女たちは“性”に振り回され始める。

amazon 紹介文より)

キャラクター的人物を描きながらも、実存感を宿らせる脚本家といえば実写では森下佳子さんですが、アニメだと岡田磨里さんが思い浮かびます。
その岡田さんが原作の作品がここで紹介する「荒ぶる季節の乙女どもよ」です。

ここにでてくる5人の女子高生たち、文芸部の所属ってのもあって内面の圧が高い。なんていえばいいんだろ?
世界や人間というものを「言葉」でとらえようとするタイプなんですよね。自分もそこまで深くはないけど「文学少女」だからなんとなく見覚えある。
知識が経験より多くて「理」に走りやすいというか。
だけど「性」は肉体性がしめている割合が多い。だからそれに自分の「理」がぶんぶんふりまわされていってしまって。
今思えば、自分なりの背伸びがそこにあったのかなぁ?とは思いますが。
その様子を漫画で見るとなつかしいやら、おかしいやら、かわいいやら痛々しいやらで、だけど少し愛おしい。

 

<愛すべき娘ら>
主人公の和沙達はみんなタイプがちがってて、すごくいい。キャラクター的なのにキャラクター的じゃないのが魅力的。
少し大人びた美少女の新菜みたいな子もいれば性に潔癖な曽根崎さんみたいな子もいる。

 

新菜は少し不思議な発言する子なんだけど、世間ずれしてるとかじゃなくて、彼女なりに真摯に考えた末の言葉な感じがするんですよね。
彼女は自分の妖精っぽさのある儚い容姿が、男性から性の対象にされるのをすごく自覚していて行動している。見た目の良さから嫌な目にあってきたんだと思います。
だけどその「儚さ」がずっと続くわけじゃないともわかってるし、対処法もある。
なんというかその様子はすごく戦う女の子なんですよね。その大人っぽさがある新菜だけど、多分大人の人に片想いをしていて、そこらへんは普通の子。
それにしても新菜の絵から伝わる美少女っぷりはすごいです。


曽根崎さんはそうはいいつつ気になる男の子にあるモデルに似てるといわれると真似をしちゃう。
けどそれをクラスメイトにそれを指摘され「あいつの事好きなんだろ?」とからかわれると自意識が爆発して傷つけるような事をいってしまうんですよね。
要は素直になれないツンデレなんですけど、その「ツン」さの気持ちもわかるというか。
だけど彼女を「ツンデレ」って言葉ひとつにまとめてしまうにはちょっと言葉が足りないし、雑に感じてしまいます。
多分、そういう一言じゃいいきれない登場人物の奥行きが原作の岡田さんの力なんだと思います。

他にも恋をしてない自分は友人にアドバイスできないのでは?と悩む百々子ちゃんや、小説家を目指してある意味、身を削る本郷さんとかもいてかなり楽しい。


スクールカーストという身分差>
そして最近よく高校生活もので書かれているスクールカースト
主人公の和沙ちゃんはいわゆるスクールカーストの中か、下のほうに属していているんだけど幼馴染の泉はトップカースト
この辺ってロミオとジュリエットみたいに、物語的に恋の障壁になるんですよね。もしくはお金持ちと貧乏人みたいなやつも。
その差が大きければ大きいほど超えた時のカタルシスがあるし、越えられなければそれゆえの切なさがある。
けどはっきりした身分差じゃなくて、学生生活のそれはすごくあいまいで透明な壁のようなもの。
制服のちょっとした着方、髪型、メイク、話術。成績。運動能力。空気を読む技術、そして運。そういうものの総合でなんとなく決まってたような。
かっちかちってより、意外に緩やかな面があるんですよね。そこにいる本人たちからするとそれが越えられない壁だと感じてるとしても。
だからスクールカーストがあるといっても、ちょっとしたきっかけがあれば仲良くなれてしまったり。
その萌芽がなんとなくあちらこちらに作品にちりばめられたりしてる気がします。
でもなぁ、超えていくきつさもわかるんですよね。地味な和沙を泉が気軽に話しかけるだけでも、女子からのやっかみがあって話しかけづらくなる感じとか。
同性同士だと超えやすいんですけど、異性となるとなかなか大変というか。
そのあたりも楽しみながら新刊を待ちたいと思います。