シェヘラザードの本棚

物語同士のつながりが好き

英雄不在の世界で生きる者達に捧ぐ歌「カ~ン・カンカン・カ~ン」~おんな城主直虎16話~

おんな城主 直虎 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

前回、寿佳尼に「民を潤す事」がマニフェストの最優先事項と提示した直虎さん。
今回はその政策の具体的実行力が問われる話となりました。


「国の土台は『食』と『安全』にあり。」と考えてる私ですが、それだけでは発展はありえないでしょう。
もうワンランク生活レベルをあげるために「殖産興業」ともいえる「綿花栽培」に着手します。
そのための「人材が必要が圧倒的に足りない井伊家はどうやってそれを解決するのか?」が直虎の今回の課題でした。

もう先に簡単に言っちゃと

「口コミ(ミュージカル風)によるプロモーションを茶屋という経済交流サロンで大々的に行う。(無料)」
というものです。

 

最初、直虎さんは他の領主に頼み込むというあほみたいな事をやったり(政次のいうように相手にうま味がないのでnot win-win)
「人がいなければ買えばいいじゃない?」と人身売買をマリーアントワネットみたいなのりでいいだしたりと、はちゃめちゃでした。(人買いは、購入費が高いしそもそも不定期でしかやっていない)

 

 ここで私がおもしろいと思ったのは、戦国時代に人と情報の流動性がかなりあるという点でした。歴史に明るくないしそれが正しいかは私にはわかりませんが

農民達は「逃散」といっていざというとき逃げ出す事ができるし、領主にその器がないと見るや他の権力機関に訴えを出すことができる存在として描かれています。
これってつまり意外と「土地」に縛られずに生きており、彼らには自主性があるという事です。
茶屋にも様々な職業の人たち(僧・山伏・職人・武士など)があつまり、情報交換の場として活気に満ちていました。
だからこそ条件のいい直虎の「募集要綱」にすぐに人が集まってきます。

 

 

この普通の人達の生活レベルから戦国時代を眺める視点というのは、私個人としてはめちゃくちゃ面白い。
というのも、そもそも直虎本人も別に「百年の計」を考えられえるようなウルトラ戦略家でもないし、戦場で華々しく活躍したり、散っていくような武将タイプではないんですよね。
つまり「英雄」足りえないんです。いってしまえば、これは、たとえ彼女にリーダー性やヒーロー気質があるとはいえ「そのへんの女性」がどうにか頑張っていくお話なんです。
「英雄」が世界を変えていく話は魅力的で大好きですが、「今」を生きている私たちの世界は「英雄」不在なんです。
なにがいいたいかというと現代は、一人の「英雄」ではなく「経済」や「技術」の力で一人ひとりが社会の役割を担う事でどうにかやっていってるじゃないですか?
つまり直虎たちが直面している問題は舞台が戦国でありながら現在の私たちに通じるものがあるのです。
というか、「おんな城主直虎」は英雄の話ではなく英雄(井伊直政)を育てる話だとTwitterでみかけてそのように考えました。
(そういえば、森下さんは実業家・小林一三の話も書いていましたね。)

 

経世済民の男 小林一三 [DVD]
 

 

 

それをふまえて考えると「おんな城主直虎」が様々な社会階層にフォーカスをあてることで戦国時代の社会構造を明るみにだしていくとういのはなんともチャレンジングです。

今回は農業革命とそこから火縄銃に繋がる戦争の戦術ががらりと変わるイノベーションについてふれていました。

 

 

 

堅い話はこのへんにして直虎さんは今回、政次の案が自分より優れていたのでリーダーとしてへこんでしまいましたね。
さすがお役所仕事をさせれば右にでるもはいない政次プロデューサーです。政策実行力の腕が違います。
だけど直虎はへこむ必要はぜんぜんないんです。
前から感想記事で書いていますが直虎は政治家タイプで政次は官僚タイプ。
政次がいくら事務処理能力にたけようと、リーダーには不向きなんです。
彼女のフットワークの軽さや、ブレイクスルーできる力、あきらめずに飛び込んでいく姿勢は土壇場になったときに、きっと下の人たちの心の支えとなっていきます。
いざ自分が何かに追い込まれた時に「直虎様ならここであきらめない。あきらめたっていわない。」と思わせるでしょうし、それは意外とすごい事なのです。
政次もそこを自覚的に利用できるようになるとよりいいんですが。

直虎のほうも政次にだけ、感情をむき出しにあらわしています。(「赤毛のアン」のアンもギルバートにそうでしたね。)
彼女が政次の能力を見定め使う事はこれからの課題です。
自分の感情の意に反する人をも使っていく事が彼女のリーダーとしての責務だからです。

 

 

さて、今回ちょっとしのさんについて触れておきますが、私は彼女が愚かな人だとは思えないんですよね。分をわきまえてないといえばそうですが。
彼女は父親が不慮の事故とはいえ政次に殺された時に「悪いのはきっと父だったのだ。」とちゃんとわかっていました。
だけど、それでも感情面がついていかない。それだけ彼女は「情」のパワーが強い人です。
実は直虎もこの「情」のパワーの強さは負けず劣らずで、その発散先として政次が選ばれており、意外としのと直虎は似たところがあるんです。
直虎は社会的地位の確立によって精神的バランスがとれていますが、しのさんの井伊家での政治力のなさっぷりをみるに彼女の精神的居所はまるでない。
このタイプは、爆発させるか、寄り添うかのどちらしかないと思いますが政次は、うん、そういうのできないタイプですね。
彼は、相談にのられたら具体案はだすけど彼女から「いや。そういう正論はいいから。聞いて欲しかっただけなんだけど?」と逆切れされるタイプなんですよね。悲しいことに。
そのへんの人間関係の機微も注目してみていきたいと思います。

 

 

そういや政次VS直虎と銘打って記事をを書いていましたが、どちらが勝とうが結局、政次の思いどおりじゃん!!と考えあきらめました。
勝っても負けても美味しい思いをするなんてずるいですよ!!おのれ政次!!(そこが好き)