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源氏物語に異世界トリップした俺は悪役女御の元で陰陽師になったんだが~十二単衣を着た悪魔~

十二単衣を着た悪魔 源氏物語異聞 (幻冬舎文庫)

59もの会社から内定が出ぬまま大学を卒業した二流男の伊藤雷。

それに比べ、弟は頭脳も容姿も超一流。ある日突然、『源氏物語』の世界にトリップしてしまった雷は、皇妃・弘徽殿女御と息子の一宮に出会う。

一宮の弟こそが、全てが超一流の光源氏

雷は一宮に自分を重ね、光源氏を敵視する弘徽殿女御と手を組み暗躍を始めるが……。

エンタメ超大作! ! 

amazon内容紹介より

 

 <悪役から見た世界への眼差し>
十二単衣を着た悪魔」というタイトルは映画「プラダを着た悪魔」からとっているようです。
が、読んでみるとどちらと、いうとweb小説でよくみかける異世界トリップの印象が強い小説でした。
もちろん映画のように厳しい女性上司のもとで働くという点では同じですが。
この小説の中の女性上司の名は弘徽殿女御。
彼女は帝の寵愛を桐壺更衣に奪われたことで、その息子である光源氏を憎むようになる、
というのが源氏物語における彼女の悪役としての役割でした。
悪役から物語の世界を見つめなおす、というパターンは、実はその悪役の性格は悪くないというのが多い気がしますが
この弘徽殿女御は一言でいえば「傲慢」。
弱小一族の悲願を背負って後宮に入った桐壺更衣を
「親も娘も何も能力もないのに、色と運だけでのしあがろうとする品のなさ、大嫌い。」
と一刀両断。実家の強いバックアップを受けられる弘徽殿女御と弱小の桐壺更衣ではまずスタートラインが違う。
それはちょっと強者の眼差しが強すぎるがする。
だけどその傲慢ともいえる上から目線には、彼女の裏打ちされてきたこれまでの経験と能力、自身の在り方が反映されています。
だからこそ同じように上から目線で世界を眺めているが中身のない主人公の雷が、彼女のような「本物」と出会う事でどんどん変化してくんですよね。

 

 

 

悪役令嬢後宮物語 (アリアンローズ)

悪役令嬢後宮物語 (アリアンローズ)

 

 <彼女は高潔か?それとも傲慢か?>
この弘徽殿女御についても少し深く突っ込んでいきたいと思います。
彼女は左大臣の娘という強い後ろ盾がある環境に、自分が恵まれているなんてこれっぽっちもおそらく思っていません。
もちろん上には上の立場や責任がある、いわゆるノブレス・オブリージュを果たさなければならないので、それは恵まれているといえるのか?という議論は存在します。
桐壺更衣も社会全体をみればも支配階級の人間ではあるので、その責任を果たす義務は生まれます。


だけど上記のような貴族の義務として弘徽殿女御は、桐壺更衣を告発してるというよりも、根本的に彼女には自信があるからでしょう。
どんな環境にいようと、どんな立場にいようと、決して自分は揺らぎはしないという確かなものが自分の心にある事を。
悪女といわれても結構。その在り方にこそ彼女は誇りを持っている。


だから桐壺更衣を憐れむことなんて絶対にしない。それは、もしかしたらありえた自分への憐れみと同じことだから。
自分を憐れむなど、彼女にとっては唾棄すべきことだったでしょうから。
だけどその鮮烈にて強烈な生き方についていけない人や傷つく人いた事もいたとは思います。

この自分一人でも生きていけるという高潔さと傲慢さは、後宮での彼女を孤高にしました。愛すべき優秀で善良な息子がいたとしても。
そして彼女の孤高さは、誰も同じ目線で世界を見ず同じ立場に立つ人間がいない事でもあります。

 

 

が実は、それに限りなく近い男性が二人います。
一人は主人公の雷。そしてもう一人は実は帝。
先に帝の事から言いますと、彼は実は能力、器という点でおそらく弘徽殿女御と同レベルと思われます。
だけど彼女に心を寄せることはできず、政治的な必要悪として受け入れざるをえないという状況です。
反対に、雷は彼女に共感することができますが能力、器においてこの二人に追いついてないんですよね。
この(雷-弘徽殿女御-帝)に似た構造をもつ関係性があるのでは?と推測されるのがあって
それが実は(弘徽殿女御-帝-桐壺更衣)なんですよね。
もしかしたら帝にとって政治的好敵手であるのが弘徽殿女御であり、帝の等身大の自分をさらけだして付き合えたのが桐壺更衣ではなかったのか?
と考えます。


雷が弘徽殿女御と同じ立場に立ててないといいましたが、たった一度、彼らの目線が同じになる機会があります。
雷がこの世界の毒をくらい自ら悪をなしていこうと決断するシーンがあり、その罪の共有によって、
弘徽殿女御は雷の事を「悪い男」だと評します。
源氏物語を読んでいるおかげで、預言者のごとくふるまえるチート能力がある彼は、その世界の「傍観者」でしかありませんでした。
だけど、この瞬間にまさしく「当事者」となったのです。
悪女の自分と並び立つ、悪い男であるという彼女の評価は、紛れもなく称賛でしょう。


<宮廷政治劇の匂い>
弘徽殿女御の帝が自分を嫌うのは個人的好悪だけではなく、外戚政治から脱却して、天皇自ら「親政」をめざしているからでは?
との推測します。
それに、雷が帝が身分の低い桐壺更衣との恋に溺れていただけではなく、彼女を寵愛することで自らの「親政」の道具の一つかもしれない、
と返答するシーンは興味深かったです。
このような政治サイドからみる源氏物語をドラマとして描ければ、帝の政治家としての政策および平安時代とはどのような時代だったのか?という理解が深まるかもしれません。


<余談>
雷が現代社会と若者達への批判がありますが、それがちょっと痛い。
一度か二度ならいいのですが何度も入るので、ドラマの下手なコマーシャルみたいに、読んでるとノイズになってしまいます。
彼の上から目線の描写であるともいえますが、それなら平安時代の人たちの言葉遣いや所作を上げて現代を下げずに、受け取り方をこちらを信用してまかせて欲しかったと思います。