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黄昏せまる宗主国。その主として。~おんな城主直虎28話~

おんな城主 直虎 完全版 第壱集 [Blu-ray]

前回までは基本的に井伊家の内政にじっくり取り組んできたお話に、フォーカスが置かれていました。
これまでも極めてミクロなテーマの中から戦国というマクロがちらちら見えてましたが、今川家の目線を通すことで魑魅魍魎がうごめくマクロの厳しさを突きつけてくるものであったと思います。
そしてミクロな努力やそこに生きる人々の積み重ねがこれまであったからこそ、マクロの為政者が判断を下す事の重みがあらわれていたのが今回であったと思います。
まぁ、なんといっても寿佳尼と直虎のやりとりに心奪われたのですが、まずは氏真の成長について触れていきたいと思います。

<共にあればこそ>
自信や能力がないまま、当主といっても自分をお飾りのように感じている氏真。彼と寿桂尼の能力差がこれでもかと描写されていました。

 

武田義信の自害が伝えられたとき、氏真は感情のままに怒りを爆発させましたが、寿佳尼はノータイムで解事実的な対応として、氏真の妹の鈴の返還を求めました。
しかも交渉人として自分が赴きます。さすがの武田信玄も相手が寿桂尼だと追い返せるわけもなく受け入れざるをえません。
信玄は理屈を並べて鈴を返さないようにし、寿佳尼もいったんは引くという姿勢を見せます。
が、ここまでが彼女の「下ごしらえ」。北条を交渉のテーブルに引きずり出すことが彼女の目的です。
といってもあの武田がただでそんな事に応じるわけがなく「誓詞」という契約書を要求してきました。
しかしこれで鈴は無事に返還される運びとなりました。

 

そんな武田に怒り爆発の氏真ですが今の、今川家にそれに対抗できる力はありません。
その現実がいまいち直視できない彼は、仲立ちをした北条の使者である幻庵と寿桂尼という二人の老獪の会話に参加することができません。
ここでのポイントは彼がその事実を理解してないという事ではなく、「直視」できてない事です。
むしろ理解はしてる。だけど「直視する」ということは、その事実に対して何もできない自分を見なければならず、認めなければばならないという事を意味しています。
肩書は「当主」であっても心はいまだ彼は幼名である「龍王」。そんな自分を認める事を拒絶するほどに、彼の中に「幼さ」が残っている。
だから寿桂尼が彼を諫めるためにその名を呼ぶと過剰に反応してしまう。

 

が、そんな彼をずっと見てくれてる存在である正室の春が彼にはいました。
苦しい中をできないならできないなりに、彼のやってきたことを彼女は見てきたことでしょう。
ちゃんとみてくれる人がいた彼は「今の自分ができる事」として、病に臥せっている寿桂尼に、今川のかつての調べを届けようとしました。
それで目覚めた寿桂尼に、氏真は「龍王」として教えを乞います
ここのシーンはめちゃくちゃ良くて泣いてしまいます。彼はここで戦国大名として、だめな自分を認める事になります。出来ない自分を受け入れる事はすごく難しい。
前回、彼について「父親殺し(精神的な意味で)」が必要で、そのテーマを解決しないといけないと書きましたが、多分それを「解決」することは重要じゃないと気付きました。
そうではなく、寿桂尼のいうように「共にあること」。共に戦っていく同志の存在に自分が自覚すれば、どんなに能力差がそこにあろうが人は立ち上がっていけるんだと、氏真の存在は教えてくれています。
氏真は今確かに、「龍王」から当主「氏真」になろうとしてます。自分の経験値や器がどれほど足りないか自覚しながら。それでもなお。


<寿佳尼・最後の努力>
寿桂尼は、直虎の事を自分と似た女子であると評しましたが、では彼女は直虎が一体どんな女性だと思っていたのか?を推測していきたいと思います。
綿布を貢ぎ物として持ち込んだ直虎に寿桂尼

「年端もいかぬ小さな女子が、お家のためにひたすら鞠をけっておった姿は、いまだ忘れられぬ。瀬名の命乞いに乗り込んできたとき、徳政を覆しにきたとき、そなたがわが娘であればと、ずっとおもっておりました。」

と言っています。

あくまで私の推論ですが寿佳尼は直虎をこう分析していると思います。


①「蹴鞠」→直虎が「家」という「公」のために自分を捧げれられる心意気が幼いながらにもすでに備わっている。
②「瀬名」→①があるにも関わらず「個」のために、走り出すことができる「情」がある。
③「徳政」→胆力と機転、合理的判断が下せる。
④「綿布」→徳政を覆すときに約束した「井伊を潤す事」の実行力とそれを成すだけの意思の強さを持つ。

 

まとめていってしまえば、「家」のために時として冷酷な合理的判断がくだせるが、個人としての「情」を持つことができる。といったところでしょうか。
なかでも③が寿桂尼が直虎を排除しなければならないと判断したポイントかと思われます。

15話の「徳政令」回で、直虎の「合理的判断能力」を直虎に備わっていると、寿桂尼が見抜いていると推測したとところがあるので振り返ってみます。

 

ここのポイントは「なぜ寿佳尼は直虎を後見として認めたか?」です。 直虎自身で今川にたどりつく胆力を見せ、対等に渡りあったというのももちろんありますが宗主国のトップである寿佳尼の判断は以下の二点。

①民意が直虎側にあること。

②「民を潤す」という目的のために合理的判断ができる能力が直虎にはあると確信したため。

 

まず、①について。 百姓達ってどうしてもいやだと思うと「逃散」してしまう力の持ち主達なんですよね。 だから、ここで無理に今川領にしてしまっても逃げ出してしまって意味がないんです。吸収合併したはいいものの、社員がストをおこしては元も子もありません。

 

②について。 井伊はこれまでは「今川憎し」といいう動機で動いているところがありました。聡明な寿佳尼がそれに気付いてないとは思えません。 この従属国の宗主国に対するルサンチマンは根深いものです。 決して馬鹿にされるべきものではないと私は考えています。

だけど現時点での今川家に逆らうのは上策ではありません。 ただ、民意を背負った直虎は「民を潤す」という目的のための動き、それがひいては井伊や今川の「利」となるといっています。 これは民意に支持基盤がある直虎がいうからこその説得力があり、 支持者の声を一政治家である直虎は無視する事はできません。 これがもし「家」のためという個人的感傷だけなら信頼ができないんですよ。 家族を失うという悲しみや相手への憎しみを知っているからこそ(寿佳尼は息子・義元を戦場で亡くしていますよね) 簡単には直虎のいう事は信用できません。だっていままでどれだけ井伊の人が今川家によって葬られてきましたか?そこに寿佳尼は悪意はなくても自覚的でしょう。

今回の政治ゲームでは直虎は「情」という駒を動かさず合理的な「利」で盤上を制しました。

だからこそ「民のため」という目的が直虎にあるがゆえに、井伊を治めるぶんだけなら問題はない。(つまりそれを最優先に掲げるかぎり今川を裏切らない) と政治的判断を寿佳尼は下した。 と私は考えています。(政治も歴史も明るくないのであくまで個人的推測ですが)

政次さんの対直虎成績0勝1敗 果たして勝利の女神は今回どちらに微笑むのか?外交編~おんな城主直虎15話~ - シェヘラザードの本棚

 

 

上記から、寿佳尼は直虎が合理的判断ができる事に気づいていると思われます。
だからこそ直虎を後見として認めました。だけどそれが寿桂尼にとって「利」となるのは、パックス・イマガーワ(今川家傘下の平和)が盤石な事が条件です。
それが揺らいでしまうと「民のため・井伊のため」という目的のためならば、その合理的判断で今川を裏切ってしまう。
今川に恨みがあるから独立したいという井伊の前世代の感情的な思いからではありません。
今川の屋台骨が危ないから、だからそこからぬけだしていこうとする現実的な判断を直虎が下すと寿佳尼は確信します。
直親の事をここで指摘しても、けしてゆるがない彼女だからこそ。
政令の時に後見としての才ありとして認めた直虎を、マクロの事情が変わるだけで消してしまわなければならなかった。
環境が変わることで、評価が同じでも対応は一遍してしまいます。
これはある意味、氏真も同じ事がいえます。彼の芸事に対する才能も徳川の治世がくるまで輝くことはない。
人は光の当て方でこうも人生が変わってしまう。
寿桂尼はこうして「死の帳面」に直虎をリストに加えましたが、こうしてみると直虎の「本質」を一番に理解して共感してたのは彼女だと思います。
直虎の両親や、政次、直親でもありません。誰よりも直虎のそれに気づき、もう一人の「自分」を見てるかのようだったと思います。
直虎もある意味、政治の先輩でもある寿佳尼に対して共感したり、そのすごさに敬意の念を感じずにはいられなかったでしょう。
たとえ敵として袂を分かつとしても。

<成長した直虎>
さて私は19話で

個人の尊さをしっている普通の人(直虎)が、リーダーとして大きな正しさを選ぶ瞬間が見てみたい。

 と書いてましたが、今回であぁ、彼女はもうそれができるようになってきてるんだなぁとしみじみ感じてしまいました。
そのリーダーとしての「決断」はこれからも直虎に何度もせまってくると思います。

<余談>

なんか、また長くなっちゃいましたね。ほんとは、寿桂尼さま、宗主国として粛清はいいですけど、敵国がせまる今、まとまらないといけないのに属国のモチベーションどうやって上げるんだ?
そんな余裕すら今川には与えられてないって事かな?けど、力が衰えてる時に恐怖政治は、まずくない?寝返りエスカレートしない?
とかあれこれ考えててだらだら書きたいけど、ちょっと力つきました。