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物語同士のつながりが好き

山に恋した男の子。 WOOD JOB! ~神去なあなあ日常~

WOOD JOB! ~神去なあなあ日常~ Blu-rayスタンダード・エディション

※ネタバレ含みます。
大学受験を失敗し、彼女にもフラれた平野勇気。
パンフレットの表紙にのっていた美女につられて、一年間の林業プログラムに応募してしまう。
しかしそこは携帯電話が圏外になってしまう山奥。
荒々しい先輩の飯田ヨキや不便な村から逃げ出したかったが、表紙の美女である石井直紀がいると知ってしぶしぶ残る。
個性的で野性的な人々の中働くことで、勇気は少しづつ林業と山の魅力に目覚めていく。

 

 

矢口史靖監督の職業ものといえば「ハッピーフライト」があります。こちらは群像劇の面が強くでていましたが、この映画は、一人の少年のビルドゥングスロマンとなっています。
すごく大雑把な言い方をすると「もののけ姫」のような日本神話が残る深い日本の山々の中で、「千と千尋の神隠し」の成長物語を描いたような印象がありました。

 

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 <神が生きる山という世界>
作品の中でけっこう性的なものがちりばめられていています。お祭りの中にメタファーとして取り入れられたり、主人公の下心というか下半身事情が、林業という未知の世界へ飛び込む動機の中などに。
これは林業が山という自然の一部を頂いて成り立っている仕事で、そこには日本的な自然崇拝があると思われます。
先祖が守ってきた森林を、植樹という形で残していくという命のサイクルは、子孫繁栄の思想が絡んでいるのではないでしょうか。
そもそも日本列島自体が日本神話によると、イザナギイザナミの二人の神の交わりによって生れていますね。
だからというか、リアルな林業という「職業もの」を扱いながら、少し神話の世界の神秘的な事が作中で起こるのに違和感がなく、すごく感覚的に腑に落ちちゃいました。
というか、日本の深い山々の風景の美しさと森の怖さ、川のせせらぎの音や木のにおいまでしそうな圧倒的映像美が、神話の世界があるんじゃないかと思わせてくれるんですよね。
けど、それが押しつけがましいわけではなく、あくまでさりげなくというところがまた良かったです。


<始まりは、下心。終わりは…>
さて主人公の勇気君ですが、山の仕事と同時に恋の方も少しずつではありますが進行します。
表紙の美女である直紀は、都会からきた男性と恋仲でしたが、破局した過去があります。
その男性は山での生活に結局なじめなかった。
そのことで少しトラウマ気味の直紀ですが、逆に言えば直紀も彼のために、自分の土地を捨てれなかったと言えます。
「男にポイされて可哀そう。」だという村の目線がありますが、私としては恋よりも自分の愛する土地を彼女自身が選んだだと思います。

それは勇気君にもいえて、彼は一年間の林業プログラムが終わったあと実家に戻りますが、玄関手前まで来て好物のハンバーグの匂いよりも、家を建ている建設現場の木の匂いにつられ、それが村に戻る動機になっています。
直紀がいるから戻るのではなく、自分の「生」を捧げる場所が山にはあると思って帰る。
この二人は結局、人生において一番大事なもの(山やその周辺での生活)が重なった結果、人生もまた重なりあうんだと思います。
「恋」を最優先しなかったという点では勇気君と直紀は似た者同士なのです。
映画のなかでは彼らが恋人同士になったのかどうかは、書かれていません。
だけど、最初に「性」というリビドーで始まった勇気君の物語が、山で生きるという「生」で締めくくられるのはなんかいいなと思います。
というか、「性」は「生」に組み込まれているといえるので、「性」の原動力を正しく「生命力」に変えていったといった方が正しいかもしれません。

 

 


それにしても、木というものは昔から不思議な存在でした。楠なんかをみると、自分よりもずっと長い期間生きていて、自分が死んだあとも
残っていくのかと思うと背中がぞくっとします。あの感覚はほんとなんなんだろうなぁ?