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いつか罪と罰を分かち合うその日まで~おんな城主直虎19話~

おんな城主 直虎 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)


前回がシリアス回だったので今週はサービス回かな?ブログでキャラ萌えに特化した記事が書けるぞ!ガッハッハ!なんて、阿呆なことを考えていました。
すみません。重かったです。
話自体は盗賊たちの材木窃盗にまつわる井伊家のてんやわんやな話に、コミカルなおちがついているので軽いっちゃ軽いんですけど。
そもそもドストエフスキーの「罪と罰」をタイトルに入れている時点で色々と察するべきでした。

 

罪と罰〈上〉 (新潮文庫)

罪と罰〈上〉 (新潮文庫)

 

 <井伊の内政。司法・裁判編>

そもそも現代ほど法と秩序が整っていない時代、というかほぼ無秩序な世界だと、やられたら自分達でやりかえすぜの自力救済の精神がいきわたってるかと思われます。

かといってそのままそれを放置すると復讐の連鎖が止まらなくなります。
そこでその仲裁人たる領主が司法のトップとして、みんなが納得する判断を下さないといけません。

じゃないと人は納得がいかず社会が荒れてしまいます。
いまみたいに司法と政治が別であればいいのですが、この時代の権力は領主の一極集中型。

こう書くとなんでもありの生殺与奪権を握っているように見えますが、
その裏返しとして、たとえどんな時でも私情を交えず正しく公平な判断を「個人」(領主)が下さないといけないという力が働きます。
だからこそ今回の、身内びいきな直虎の行動に目をひそめた方も多いかと思われます。
といっても視聴者がつっこむ前に、作中でも直虎は政次をはじめ、いろんな人にそこを告発されていました。

 

 

だけど彼女のこれまでの言動をみてみると罪人とはいえ、二回も相談にのってくれ、それでうまくいった恩人を死罪にするのは忍びないと思うことに、違和感は感じませんでした。

女性的価値観や現代的価値観というより、直虎イズムがそうさせているのだと。
亀のために、百姓たちのために、井伊のためと誰かのために奔走する姿をこの脚本は丹念に書いてきました。
だからこそ直虎が彼女のエゴイスティックな正義を通そうとする姿に100%共感できなくとも理解できます。

 

そしてここに興味深いテーマがたちあがってきました。

 

小さなの正しさ(恩人を助けたい)と大きな正しさ(まっとうな司法権の行使)の両立の難しさです。

 

 

ここでの小さなの正しさっていうのは客観的に見て正しいとかじゃなくて、あくまで直虎個人レベルでみたらという観点からです。

 

で、為政者は大きな正しさを優先し小さな個人を切り捨てていきます。

政策の一環の名のもとに。

しかし、それは危うさをもち、例えばドストエフスキーの「罪と罰」のなかの主人公・ラスコーリニコフは「選ばれた人間は正義のためになにをやってもいい。些細な悪事は大きな善のためにはかまわない」と犯罪をおかしました。
このへんは「DEATH NOTE」の月くんと似たところがあります。
彼らは、ほんとうの意味でミクロレベルの人の尊さがわかっていませんでした。

 

だからこそ私は見てみたいのです。為政者としては優しさの中に甘さをもつ直虎が政治的決断を下す日を。
今回、それに決着をつけなかったということは今後の布石です。
私は個人の尊さをしっている普通の人(直虎)が、リーダーとして大きな正しさを選ぶ瞬間が見てみたい。

 

たとえ、そこにどんな痛みをつれてきたとしても。

そして非情にみえる政治的判断を彼女が下すとき、彼女の純粋性がどれだけ保たれているのでしょうか?(いや、そんな日がくるかどうかは知らないけど)

 

 

 

 

まぁ、とはいえ基本的にこういう二元論ではなく両方手にいれてこそ王道たる「王の器」足りえると思いますが。
(じゃあ、覇道とはなにか?という論理が出てくると長くなるのでここでは割愛)

 

といってもこれまでの話のなかでは、直虎は比較的このバランスをとっていたように思えます。

 

<から回った直虎さんの原因>

なのになぜ今回、比較的暴走したかを推測すると、まずひとつに、これまで大きな失敗をしなかったことにあると思います。
百姓達の支持もあって「チーム井伊」も軌道に乗り始め、外交もなんとか成功を収めました。
要は領主としての自信が少し出てきて、直虎さん調子に乗っちゃった感じです。

 

二つ目は、「政次が精神的に自分のとこに帰ってきた!」という安心感のもと遠慮なく暴走できたのではと。
これは、完全に推測というか妄想の領域なんですが。
理性的なとこを、がんばってやんなきゃ!と思っていた部分を丸投げできる人材(政次)が戻ってきたと直虎が無意識レベルで思っていたら、ちょっとうん、政次大変ですね。
それじゃいかんと思って彼は教師のごとく接し始めていますが、どうなることやら。
懇切丁寧に直虎にレベルをあわせて盗賊を見逃した時のリスクを説明しはじめた時は、思わず「政次先生!」と叫んでしまいました。
直虎も「教えてくれたのは政次じゃん!」と孫子の教えをそのまま鵜呑みにするというか素直に受け取りすぎる生徒感があるというか。
政次先生の「俺の言いたいことはそういう意味じゃねぇ!」という解釈違いが起こっていて見てる方は楽しいです。

 

<すくすく育つ下の者達>
それにしても直虎がダメダメな時でも、周りのバックアップ体制が整いつつあるが嬉しいです。
政次はもとより、直之も、六左衛門も、方久も。
これもひとえに彼女が引っ張り上げるリーダータイプではなく、完璧すぎないゆえに周りがそれを助けようと努力するタイプだからです。
個人的体験談ですが、私が高校生のころ、みんながやりたくないあるチームのリーダーに指名されました。
なんでクラス内政治力もリーダー適正もない私が!?と若干パニックになり所信表明で
「能力もない私を選んだってことは、みんながしっかりしなければなりません。選んだみんなの責任なのでそこんとこよろしく。」
と、今考えればあほみたいなこと言いました。というか、まじで、何言ってんだ・・。私。
これでやばいとみんな焦ったんでしょうね。実際やばいし。
結果、ものすごく働いてくれてぶっちゃけ私は、そのらくちんな神輿にかつがれた形になりました。
私の場合は、リーダーをやりたくないあまりとっさにでた本音にメンバーが危機感をもった形ですが、
直虎の場合は、魅力あるが危なっかしいリーダーのもと、下の者たちがこの人を支えなければ、成長しなければと思わせ、それが彼女の大局の力となっています。
直虎と自分の体験を比べるとか我ながらずうずうしいですが、なんとなくこの時の事を思い出して書いてみました。

 

 

 

ほんとうは、井伊が内部でわちゃわちゃもめているあいだにも、今川・武田関係のもっとおおきな国際情勢の変化があるのですが
これ以上は長く書くとやばい量になるので泣く泣く省略します。
だけど、そのままではいられない「井伊家」とそれまでに彼らがどんな絆を紡いでいくかを楽しみに待っていきたいと思います。

 

てか、

 と書いたけど今回の内容と対になってますね。小さな正義のために大きな正義を捨てようとした直虎と。