シェヘラザードの本棚

物語同士のコネクションを探して

記憶を失ってもそこに残る何か~アリスのままで  (原題 Still Alice)

アリスのままで(字幕版)

大学で言語学者としてバリバリに働いている50才のアリス。優しい夫は医師。
子供達は三人いてそれぞれ自分達の道を進んでおり、絵にかいたような比較的裕福な幸せな家族。
それがアリスの若年性アルツハイマーによって徐々に崩れていく。

 

<若年性アルツハイマー追体験

 

この作品はアリスの目を通してこの病気が奪っていく日常を体験していく事になります。
淡々と話が進むけどじみにつらくて例えば、趣味のジョギング中に自分がどこにいるのかわからなくなる。
講義中に言葉が出てこず生徒からの評価が悪くなる。
娘と喧嘩しても内容を覚えていない。
トイレの場所がわからなくなって、もらしてしまう。

一番きついなと感じたのは、アリスが「自分が本当にだめになったら自殺しよう。」
と思って動画で未来の自分のために自殺マニュアルを作ったんだけど、それすら実行できない病気の怖さ。
自分の知性によって人生を切り開いてきた彼女にとって、自分をコントロールできないのは耐えれない屈辱であり、そんな自分を家族にも迷惑かけたくないゆえの行動。
だけどいざその時になったら「死ぬ」という選択さえ、彼女には出来なくなってる。

 

<家族からみたアリス>

 

そんな彼女を支える家族の夫のジョン。長女のアナ。長男のトム。次女のリディア。
彼らのアリスに対する考え方の違いが対照的でリディア以外の家族はエリート街道をというかいわゆる安定した人生を送っている。
だから彼らがどんなにアリスを愛していても、その安定したレールから外れてしまった彼女に「憐憫」を感じおそるおそる接してしまうんです。
これって彼らがひどいわけではなく、愛しているからこそ自分達とアリスの間に出来てしまった「溝」にどうしても躊躇してしまうんですよ。

 

その逆にリディアは売れない不安定な職である女優。
アリスも明日、自分がどうなっているかわからない。その不安定さを共有することができるがゆえにリディアはアリスに対等に接することができる唯一の相手となります。
安定した職についてほしい母のアリスと夢を追い続けたい娘のリディアとの間にあった「溝」に皮肉にも病気が橋をかける。
重なり合う事のなかった彼女らの人生がここで重なってしまいます。

なんというか、ライフステージをおなじ所にいたゆえに出来てしまった「溝」と違う道を歩んでいるからこそ、わかりあってしまう人生の摩訶不思議さがここにあるような気がします。


<記憶を失えば、人はその人でなくなるのか?>

記憶を失っていくアリスを見て「自分」ってなんだろ?
と思いました。なんか哲学的問いになってるけど、記憶を全部なくしたら自分じゃなくなるのかな?と。
だけど、誰かと人生を共有したのならその人の中にも「自分」という存在は刻み込まれているんじゃないのかなぁ。
「自分」とは「他者」との絆の積み重ねの中にも「自分」が存在していて
「他者」の中に「自分」が存在する事。
「自分」の中に「他者」が存在する事。
それを「愛」と呼ぶのではないでしょうか?
だからこそ利己的な遺伝子を本来もつ生き物である私たちは、時として誰かのために自分の命だって差し出してしまう。

このひとつの形がベターハーフ(better half)で、相手の中にもう一つの自分の半身を見つけてしまうと自分以上の存在になる。

 

映画の最後にでじっとした(still)自分がだれだか分からないアリスが、いまもなお(still)アリスであり続けるのシーンをみてそう思いました。


<受け止めた先に>

アルツハイマー認知症を扱った作品はそこそこありますがここで「ペコロスの母に会いに行く」を紹介したいと思います。

 

ペコロスの母に会いに行く 通常版 [DVD]

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 アリスのままで」はどちらかというとアルツハイマーを受け止めるまでの話でしたが、「ペコロスの母に会いに行く」は認知症になった事でたどり着くことができた風景があって、そのありふれた奇跡が美しかった。
これは私の認知症だった祖母もみた景色だったんで泣いてしまったんですよね。
作品自体は、ユーモアをもちつつ介護の厳しさがその中に確かにあることを感じました。
直接的なつらいシーンはそんなにないのですが、介護から離れて主人公が仲間たちとわいわい楽しそうにするシーンが逆に
「あぁ。ここは逃げ場なんだな。人生のつらさに立ち向かうための一時的シェルターなんだ。」
と、思わせてどこか介護はそんな甘くはないよ?という視聴者の目線に対してしっかり現実感を根付かせていたように思います。


Glen Campbell - I'm Not Gonna Miss You

最後にアルツハイマーになったカントリー歌手のGlen Campbellの

Ⅰ’m Not Gonna Miss YOU

僕はきみの事を寂しいとすらおもわなくなる)

を。