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物語同士のコネクションを探して

負の連鎖の断ち切りと継承の難しさ~おんな城主直虎

おんな城主 直虎 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)

12話まで視聴して、このドラマはどんなドラマかと聞かれれば、

「土着の狭い共同体と『家』。濃い血縁関係が生み出す閉塞感。それらのしがらみがあるゆえに、乱世というパラダイムシフトについていけない者たち。そして・・・」
といったところでしょうか。
特に前者の感覚は、横溝正史さんの「金田一耕助シリーズ」や京極夏彦さんの作品でも感じる、あのじめじめした狭い人間関係が起こす悲劇なんですよね。
といってもそういう文脈を私が勝手に感じ取っているだけで、雰囲気は柔らかく演出自体は牧歌的なところがあり、脚本にも笑いがあります。

 

文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)

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 しかし、なぜこの文脈を内包しているように私が感じるかといえば、いまやW主人公のひとりといえる「小野政次」の存在なんです。

彼の家はいわゆる井伊の中で嫌われており、村社会でいうスケープゴートを担っています。基本的に、井伊の人たちは、その場のテンションで生きている人たちなので
「ウェ~~~~イ!!今川とかヤっちゃう!!?今川焼にしてやろうぜ!!」という空気が場を支配する集団なんです。実行力ないのに。
そのなかで、インテリ的に「それは、できませんよね?よく考えてください。」
という小野家は、悲しいけれど煙ったがれるんですよね。いわゆる「空気読め。」という圧力がかかるので。これの良し悪しは、もちろんありますが。
もうこれは身におぼえありすぎて、親戚が集まって話し合うとたいてい空気の支配権争いになり、本質的なことは何も解決してないじゃん!!という例のあれです。
あぁ。小野家はこうやって繰り返し嫌われてきたし、これからもそうなんだろうなぁ。といった半永久的な嫌われ役の空気が漂っています。
そんなずっと嫌われてきた家の子の政次は、この負の連鎖を断ち切りたい。けどかなり厳しい道なので諦めと希望を胸に抱いて生きています。
(12話でそれも、もう・・・というのはいったん置いといて。)

 

 そしてこの暗い「家」の業を背負った政次は、けっこう少女漫画のテンプレートな相手役なんですよね。

まるで横溝作品とかいいましたが、ホラー性をあまり感じないのは、主人公の次郎法師がこの負の連鎖に光ををあてるヒロイン属性があるからなんですよ。
フルーツバスケット」の本田透や「彼氏彼女の事情」の宮沢雪野がこれにあたります。
ただねぇ~、普通はヒロインの相手役とか書いたんで二人の恋愛模様があるんですが、もう一ミリもない。次郎法師から政次への矢印が。
それどころか「みんな死んだのにお前だけ助かったんだな」みたいなセリフを言ってて、それ「ヒロインがいうセリフじゃないやんけ!!救うどころか闇に突き落としとるやん!!」
とつっこみまくりました。ほんと、脚本家の森下さんは、王道なストーリーから少し、はずして書いてて、びっくりさせられます。

こうかくと次郎法師様いいとこなしみたいに感じられますが、本質的に彼女のフットワークの軽さ、両親から深く愛されたゆえの強い自己肯定感や人への根本的な信頼感は、
この日本的「家」の負の連鎖を引きちぎっていきそうなパワーを感じます。暗闇を一人で歩くような、オオカミの群れに羊が一匹いるような、そんな孤独感を感じる政次が
惹かれているのもまぁ、仕方ないよなぁと思います。

 

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 この二人を普通の恋愛関係におとしこまず、もはや政敵としてもってきたのは、ほんとうにおもしろいです。この関係性は、直親が相手なら決して生まれなかったもので

政治家同士として対等に同じ目線に立てれば、素晴らしい好敵手となり、それは初恋の美しさに勝らずとも劣りもしません。
そんな事を政次は望んでないでしょうが(むしろ政治から遠ざけたい。確実で安全な道を歩いてほしい。)私は、次郎法師の本質がこれから花開いていくかと思うと
胸が高まります。いやだって好きな人のその瞬間に立ち会えるって、すごく素敵なことですよ。ただの尼であったら見れません。
いわゆる政次は、自分の「推し」のアイドルが武道館に立つさまをアリーナでみるようなもんですよ。

けど、その道はすごくきびしい事は、上のほうで述べた「家」の縛りがあるので、次郎が家を中継ぎとはいえ受け継ぐということは、これらのすべてを受けいるということでもあります。
何かを引き継ぐということは負の面も受け入れていかないといけません。終わらせたり、逃げ出せば受け継いだ絆を切ること自体できますが彼女はそれをしないでしょう。
なぜならこの政次を傷つけている「空気」そのものの中に、同時にそれだけじゃない暖かさを人々の間で感じ取ってきたからです。
ものすごく大変ですが、それが遺された彼女の戦いです。

同時に、政次の「泣いた赤鬼」の青鬼としての戦いが物語の中に立ち上がって来ました。
井伊だけに赤鬼かい!ってことだけではなく、ブルーカラーの小野家とレッドカラーの井伊家の両家のカラーをとりいれた羽織を着ている次郎が
いつか精神的な意味で政次に光を届けてくれる日があるのではないかと、ひそかに期待します。(史実的には、難しいし、死んだ後に意図が分かるパターンもありますが)

 

泣いた赤鬼 (絵本)

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 余談

政次はスネイプ先生じゃ?という感想をみかけますが私はベースはレギュラス・ブラック+スネイプ先生という感じです。ハリポタの世界も親世代からの縛りがある世界ですね。
日本ほどウエットな書き方はされませんが。

 

救われないこの世界の最前線に立つ~HOMELAND~

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私が物語を読む時のテーマの一つに、「転向(convert)」する人はいったいどんな動機を持ちどこへ向かうのかというのがあります。
なぜこれに興味をもったのかというと「幽☆遊☆白書」の仙水忍というキャラクターから始まります。彼は正義感が強く霊界探偵として人間側の立場から妖怪と戦ってきました。
ですがその人間の悪の極みをみてしまい、価値観を180度変えて人間に憎悪をもってしまうというじつに悲しい人です。幼かった私は、ある日信じていた物が一転して、
今までの自分を全否定しまったくちがう方向に走り始めた彼に非常にインパクトを受けました。しかも正義(人間側)についていた人が悪(妖怪側)になるなんて!!
アンパンマンも警察の人ももう信じられない!!と布団のなかでぐるぐる悩んだものです。成長するにつれ、この世界の善悪の不確かさがわかってくると、「仙水忍」が私の物語を追う上での一つの原風景になりました。

 

 

そこからこの原風景をどうにかもっと鮮やかにみたいという欲求のもと、日本に愛情を持ちながらも戦争でアメリカの軍に従事しなければならなかった日系アメリカ人の天羽賢治「二つの祖国」や

宗主国の皇子でありながら、従属国の革命軍のリーダーになっていくルルーシュコードギアス」などの本来とは逆の立場でもがき続ける人達の話を読み込んできました。

 

二つの祖国(一)(新潮文庫) (新潮文庫 や 5-45)

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 (シーズン3までのネタバレあり)

 

さて、ここで今回紹介する「HOMELAND」は、アルカイダとアメリカのCIAの攻防から始まる物語です。CIAの職員キャリー・マティソンは、イラクに赴任中にある海兵隊のアメリカ人捕虜が転向したという情報を得ます。この捕虜のニコラス・ブロディは八年間行方不明でしたが、アルカイダの基地から米軍から救いだされ帰国し、英雄ともてはやされるようになります。しかしキャリーは、彼にスパイの疑惑の目をむけ恩師のソール・ベレンソンと調査と監視を始めます。もうこの時点で興奮しまくりです。現在進行形の私たちの世界の話をしてくれるなんて!!しかもアメリカの正義の象徴みたいな海兵隊員が寝返ってるかもしれないなんて、私のためにつくられた物語じゃないか!!ありがとう!!アメリカ!!と思いましたね。見始めた時は。

 

けどね、ほんとおもったよりつらい話です。なにがつらいって終わりが見えないですよ。いままさにテロとの戦いは私たちの住んでいる世界の課題のひとつであって簡単に答えはだせない。歴史物だったら結果がすでに出てるし、ファンタジーならおとしどころを見つけることができます。

そしてつらさのもうひとつに主役のキャリーの不安定さにあります。彼女は非常に有能ですが双極性障害があり、まわりも自分も気分で振り回しまくります。というかたまにヒステリーをおこし手をつけられません。驚くことに、監視対象であるはずの妻子もちのブロディを愛してしまうというぐだぐだっぷり。しかも向精神薬がないほうが頭が冴えるという理由で飲みたがらないのでますます、ヒートアップ。けどおかげでどんどん事件の核心に近づくという、視聴者からみればなんともはがゆいこまった主役です。
見ている方もつかれてきて、絶対友達にはなりたくない。近づかないようにしよう。と、思うタイプ。主役でヒーローなのに。
だけどちょっとここでわたしが面白味をかんじるのは、彼女の病気はどうやら遺伝性のものらしく父親も同じ病を抱えています。これは彼女はおそらく一生かかえていかねばなならず解決することはないと示していると私は考えます。
彼女の内面は、この世界そのものとリンクしており、安易に彼女のトラウマ解消みたいなものが物語の終着点にならないという非常にきびしいものをこちらに突き付けてきます。
この個人心の動きがまったく結果やマクロにリンクしていないのは、「ゼロ・ダーク・サーティー」でビン・ラディンを追い詰めたCIA分析官のマヤもそうでした。彼女たち二人とも坂の上に雲なんてないんだ!!だけど、それでも登らねば!!
けど!!みたいなところがあります。虚しさをかかえながら進むつらさをこれでもかと見せてきます。この病んだ世界で。

 

 

だけどね、私このキャリーがめちゃくちゃ好きなんです。これでもかと悪い点を述べていますが、彼女は病気で感覚が麻痺しているゆえかもしれないけど覚悟ができた人間で、いつだって死線に飛び込んでいき
、自分の正義のためなら時としてアメリカという組織を敵にまわし、なのに組織人であり続ける矛盾をかかえ絶対にぶれない。こう書くとやはり「24」のスタッフが携わった作品だと感じます。主役のジャックに近いものがありますね。

ここまで説明してやっと「転向する」キャラクターにて、もう一人の主役たるブロディについて触れることができます。彼も複雑で大きな矛盾をかかえる人物です。海兵隊員であり、テロリストで、英雄で、洗脳されたとはいえ、イスラム教徒。
なぜこうなってしまったかといえば、捕虜になっている間に、アルカイダである少年とのふれあいがあり、その関係はまさに父と子でした。つらい捕虜である時の唯一の人間らしい時間です。その子供をまさかのアメリカの空爆で亡くしてします。
この愛している罪のない子供を、自分が信じた正義が殺してしまった。しかもアメリカはその事実を認めない。まぁ、認ませんよね。
そこにブロディは絶望と怒りを感じ、空爆作戦を命じた当時のCIA長官で現副大統領のウォルデンを自爆テロに巻き込むためにアルカイダに協力します。
ですが、ブロディは自分はテロリストではなく、海兵隊員として祖国の汚名を雪ぐためにやるといってすんすよ。祖国を愛する一人の人間として。このなんと矛盾にみちた言葉でしょうか。そのためなら命さえ惜しくないといいうほどの強い動機をもって。彼の純粋さの中の狂気は戦争によって作られたものです。彼はけっして日常生活にもどれなかった。
もしかしたら八年間はなれていた家族との生活にもどれたかもしれないというのに。
戦争を始めたというのに彼と普通のアメリカ人との間には、深い断絶があります。強い戦場感覚と日常感覚のバランスは戦争帰りにとって大変なことです。ただでさえ帰還兵のPTSDは、問題になっています。

 

 

 

 ただ、祖国に刃を向けるまでに彼を追いたてのは確実にアメリカの矛盾した正義にあります。なにかを守ろうとすると、誰かを傷つけていく。だけど正義そのものが、矛盾をはらんでいてこれをアメリカだけにに問うのは酷です。

清濁をかかえながらやっていかなければならないし、外交はルールの押し付け合いの積み重ねでどの国もやっていることでしょう。

多分、その正義のもつ矛盾にブロディは根底では気づいています。だからこそ、その矛盾に押しつぶされそうになり自分でも自分がわからなくなっていきます。でも、私はこのブロディを追い詰め、時として追い詰められ、愛し、愛されるキャリーが
彼に最後にかける言葉にどうしようもなく救われていきます。それは、彼女がいうから説得力と価値があり、彼と彼女が立場が違えど同じ目線にたてて、その特殊な立場故の孤独をわかちあえる存在だからです。
救われない世界の救われるセリフはほんとしびれます。
なんていったかは、ぜひ見て確かめてください。
もうサイコーの愛の言葉で、これをこの場で好きな人にいわれたらたまらないですよ。状況はおそろしく絶望にみちているというのに。だからブロディの最後は、ほんとにやるせなくて号泣でした。マクロの選択としては正しいとおもう自分と個人としては
それは許せない自分がいます。矛盾した彼らと自分の中にもある確かな矛盾。それらを体験できる作品です。

 

ものすごく内容をはしょりましたが、私の文章力では、細部をながなが語るとエンドレスになってしまいます。(もうすでに長くてだらだらしてますね。)ほんとホームランドは、ブロディの家族の事やキャリーのイスラム系の部下など見どころがいっぱいです。
まだまだ、おわっていない作品なのでこれからも追い続けたいと思います。

 

おまけ

正義の揺らぎからか、悪役にスポットをあてるディズにー作品も増えましたね。「マレフィセント」や「アナと雪の女王」など。
日本の歌もこの2015年代にAKB48の「僕たちは戦わない」の公式MVやSEKAI NO OWARI の「ドラゴンナイト」にも正義の不確かさがあらわれていて興味深いです。(あくまで個人的見解です)

 

この大きな正義に疲れると小さな共同体の絆に物語は帰ってくると思うのですが(ある意味トランプさんがまさにそれなので)どうなんでしょうね。日本人は日常生活の質を高めることに偏愛的なので、もともとそういう民族とは思いますが。

 

 

 

物語が確かにそこに在る強さ~実在性少年ハリウッド~

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いまやアイドルアニメ戦国時代。数々の作品が世に生み出される中で、「少年ハリウッド」の一話目の見た時の衝撃はすさまじかったです。
というのも、アイドルアニメを見ようと意気込んでいたら、村上春樹の主人公ばりの内面ポエムから始まったんですよ。しかも、アイドルをプロデュースする社長もこれまた春樹の作品から出てきたのか?と思うくらいに抽象的で意味の分からない事をいいつつリリカルに主人公をスカウト。しかもアイドルものとは思えないほど画面に華やかさがない。しかもタイトルが「僕たちの自意識」。
ほんと、狂気のアニメが始まったと正直いって動揺しました。
村上春樹さんは、好きな作家です)

 

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 (文春文庫)
 

 動揺したといっても悪い意味ではなく、例えるなら萌えをベースにした日常系作品をみようとしたら、小津監督や是枝監督の作品に出会ってしまった。そんな感覚。

なんでその二人の名前がでるかいうと、私達が住んでいる世界の手触りを思い起こさせるからです。普段見ている電柱や台所歩いている道。自分のなかに気にも留めない日常風景の記憶を揺さぶってくる。しかもそれを心地よい形で。

それ自体は最近のアニメーションはハイレベルな絵作りができるので京都アニメーションさんやピーエーワークスさんといった傑作を生みだしている製作会社が得意とされている事です。
ただ、少年ハリウッドはそこからもう少し生活臭やえぐみをだしてきているように思えます。アイドルというキラキラしたものを描きながら。
二次元なんだけど圧倒的に生活臭を三次元で思い起こさせるので主人公や彼らの世界のそこに「いる」感や「ある」感が半端なかったです。ほんとにいるんだ!!という物語体験は、なかなか貴重で、これは脚本家の橋口さんのキャラクター達の積み上げを、黒柳監督が映像によって高めるだけ高めていった結果できた事だと思います。

 

海街diary

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東京物語 [DVD]

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だからこそ、主人公達が恥をかいたり落ち込んでいたり怒ったりするのを見るとリアルタイムでそれを体験しているようで、時としていたたまれなくなります。
というか、この作品は舞台に立つ少年たちのシーンが多いのですが、実際に客席に座って彼らを見ている感覚になります。
なので第一話のアイドルの恥ずかしい自己紹介をこちらに向けてやっていいる時の臨場感と恥ずかしさといったらなかったです。
いや、だってあれですよ?アイドルの一人の舞山春の自己紹介が「笑顔でキュン!怒りんぼにシュン。この八重歯にかけて、君の最後の彼氏になることを誓います。十五歳の高校一年生、シュンシュンこと、舞山春です!」ですよ。
しかも振り付きで恥ずかしそうにやるものだから恥ずかしさ2倍。だけどこの恥ずかしさを受け止め、舞台上でかっこよさへと昇華していかなければアイドルになどなれない。そんなことはできて当たり前なんだ!!ということが伝わってきて、
アイドル未満の顔がちょっといいだけの少年たちの「僕たちの自意識」をがんがんに壊していく様はなかなかつらくて恥ずかしくて面白かったです。
この何者でもない少年達がほんとうに一歩ずつアイドルになっていく様は、ノンフィクションのドキュメンタリーを見てる気分になります。

 

 

さて、「少年ハリウッド」の圧倒的実存感について触れましたが、肝心の内容がこれだけだと伝わりにくいですね。ほんとうにこの作品は情報密度が高いので一話ごとや一場面、登場人物の関係性やセリフひとつで語っていけるです。
だから折に触れて、何回かこのブログでも取り上げていこうと思っているのですが(といっても間をあけて)今回は一つだけ。

 

 

私が少年ハリウッドを愛するところのひとつに、アイドルとななんぞや?というニッチなテーマを深くほりさげながらも、アイドルではないいわゆる普通の人にも光を照らしているところがあります。
例えば、メンバーのひとりである佐伯希星が等身大の自分ではなく、舞台上の自分として天然でブリッコ?なキャラを演出しています。多かれ、少なかれアイドルならば、ほとんどの人がやっていることだと思います。
アイドルは舞台に立てば、本音はいえないとマネージャーからも語られていました。
ここでおもしろいのは、事務所の社長が「社長」というものを演じている事です。アイドルではない社長が。(まぁ、元々が・・というのはおいといて)これがよくわかるのが、かつての仲間である広澤大地に対しての声質と話し方の違い。
アイドル達に対しては、意味のわからないポエマーおじさんみたいなキャラで接していますが、社長という立場を離れれば違う顔をのぞかせる。つまり彼は意図的に「社長」というキャラを作り出しています。そしてそのことにアイドル達は気づかない。
そしてその大地に対してさえ覗かせない顔が彼にはある。このいろいろな顔が人にはある事は、多くの場面でみることができます。家族にたいして、友達にたいして、仲間にたいして、みな自分を演出しています。
それ自体がアイドルになる前から誰もがやってきたこととして。そのどれが本当の自分なんだ?ということでなく、親や子供や、友人や仕事仲間や恋人に見せる自分すべてが自分で作り出した作品なんです。
これは、ほぼ人類みなやっていることで、アイドルの場合はそれをひとつの芸として高めてしまった。この「芸」かどうかだけがアイドルと「一般人」を隔てているにほかなりません。
そう考えると、アイドルという自分からかけ離れた存在がぐっと近く思えて、かれらのその時々の喜びや悲しみに一喜一憂し、スポットライトを浴びるわけでもない、舞台に立つわけではない自分も、この地球という舞台に立ち続けるアイドルみたいなものだな、
と思えてきてならないのです。

 

 

なんか壮大な話になってきた感がありますが、アイドル≒一般人とはいいましたが、アイドルと一般人の間にある境界線について触れていたりと少年ハリウッドという作品自体いろんな面を見せてくれています。
この彼らの物語は、なにかを応援したことがある人ならひっかかるものがあると思いますし、そうでなくとも人間賛歌として成り立っている素敵な作品です。
まだ届いてない人に、届くべき人たちに届きますように。

森下佳子は直さない。瑕疵を光へ変えていくこと。

「おんな城主直虎」始まってますねぇ。
賛否両論あるなかで、私としては「政次さん、かわいそすぎて、いますぐ俺つええ系のチーとハーレム主人公にしてあげてくれ。かわいい敬語妹とちょろいツンデレヒロイン、ずっと想ってくれる幼馴染だけでいいからぁ!!」
とか、「おとわちゃん、ほんと白泉社系列のの光のヒロイン。まっすぐで太陽みたいに照らしてくれる。けど、普通の女の子のラインをきっちり守ってるやん!!」
と、精髄反射な反応を日曜日にしております。

 

 

さてさて、その森下さんの作品はこれまで「ごちそうさん」「わたしを離さないで」「天皇の料理番」を見てきました。
連続で彼女の物語を体験していくとぼんやりとあぁ、この人は登場人物の欠点を包み隠さずだしちゃうんだなぁと思ってきました。
め以子なんてまさにそれで、食い意地がはっていると、文字で書けばそこまで強くはないけれど、見る人がみれば目をひそめるほどの表現がされていました。
そのめ以子の特性を柔らかく伝えることもできたと思いますがあきらかに過剰に演出されてる。本当はもっと控え目にそこを出していったほうが物語の快楽線をたどりやすいとは思います。
人の瑕疵を見ることは厳しさやつらさをともなうから。けど、そこが私が森下作品を愛しちゃってる所以なんです。
好きすぎてうまくいえないのですがというか若干そこがあかんやろという言い方してますが、ほんと好きなんです。彼女の物語の瑕疵に見えうるとこが。

 

 

なんでそこが好きなのかって考えた時の一つに人間の多面的な見方を提示してくれているところがあります。「瑕疵」だといった人の闇も、出会いや場所や環境が変われば、光にかわり闇も光にみえてしまう時がある。それはまるでビー玉についた傷を覗き込むような。光にかざせば輝きだし、暗いところでみればがらくたになってしまうなにか。
このビー玉論?を表しているのが、め以子と和枝でした。和枝は几帳面で細やかな性格が前の嫁ぎ先では、かわいげがないと嫌われ、反対におおざっぱで感情で動くけど人に愛されるめ以子。
和枝は、まさに物語上のめ以子のシャドウの役割で、いじわるな小姑で悪役したが後に嫁いだ先では重宝されているエピソードがありました。そしてめ以子の光もまた和枝を傷つけていました。和枝からすると自分より能力で劣るのになんで?愛される?
という思いがあったのかもしれません。ここですごいのは主人公たるめ以子は、和枝を改心させたわけでも、やりこめたわけでもない。
かといって、自分達の縁を切ること選ばなかった事です。友情が芽生えたわけでも、ひたすら憎いわけでもない、だけどすごく対等な関係性を築いており私はすごく羨ましい。というか、悪役としての和枝がよく格が落ちしなかったなぁと驚きます。


だから、そういうのをふまえて直虎を見ていると森下さんは、井伊家に起こった悲劇を都合よく「直し」はしないだろうなぁ、と思います。英雄でもない平凡な人達だからこそマクロの動きが読めず翻弄され、愛する人々を奪われていき、その荒野を走り続けていかない主人公を見守っていく話になるのではないかと思います。分かりやすいビルドゥングスロマンじゃないかもしれない。取返しのつかない事をかかえ、瑕疵を抱えながらそれでも明日を目指して生き続ける直虎を楽しみに見ていこうと思います。


それは、それとて余談ですが政次は、ものすごく哀れに見えるなぁ。うーん。井伊家におけるいわゆる日本的な村社会のスケープゴートをやらされてるから哀れにみえるのかなぁ。
自分の意思でそれをやると決めたら少なくとも哀れではないから。「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」の八幡君はまさにそれで可哀そうには見えない。その有り様を、私は彼が好きだから傷つくとしても。
まぁ、それを考えると直親はスクールカースト上位にいてコミュニケーション強者にみえるど、本音は誰にも言えない葉山君だなぁ。